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The Emperor of All Maladies

The Emperor of All Maladiesをめぐる批評・深掘り記事。

癌を「病気」ではなく「歴史を持つ存在」として読めるか

シッダールタ・ムカジーの『The Emperor of All Maladies: A Biography of Cancer』が投げかける最大の問いは、「癌とは何か」だけではない。むしろ、**人間は癌をどのような敵として理解し、その理解に応じて何をしてきたのか**という問いである。

副題が示すように、本書は癌の「伝記」を書こうとする。古代から現代までの医学史を年代順に整理するのではなく、癌そのものを主人公に据え、医師、研究者、患者、政治家、運動家を、その主人公と関係を持った登場人物として配置する。2011年のピュリツァー賞一般ノンフィクション部門も、本書を臨床的であると同時に個人的な探究として評価した。

この構成によって、癌研究史は単純な「無知から知識への進歩」ではなくなる。ある時代には合理的に見えた治療が後世には過剰治療と判明し、逆に一時的な失敗が後の治療体系を準備する。癌に対する人間の知識は蓄積されてきたが、その歩みは直線的ではなかった。その不安定さこそが、本書の中心にある。

癌は外から侵入する敵ではなく、「自己」の変形である

本書の中心主張を一つに絞るなら、癌の困難さは、それが細菌やウイルスのような単純な外敵ではなく、**正常な生命活動そのものを利用して増殖する「変形した自己」である**という点にある。

癌細胞もまた、人間の細胞が本来備えている増殖や生存の仕組みを使う。だから癌だけを破壊し正常細胞を残すことは難しい。ムカジーが癌を単なる侵入者ではなく、生命の働きを病的に増幅した存在として描くことは、歴史叙述上の比喩にとどまらない。外科手術、放射線、細胞毒性の強い化学療法から、遺伝子や分子機構を標的とする治療への移行を一本の論理で結ぶための基礎になっている。スティーヴン・シェイピンも、本書について、癌細胞が私たち自身に似ているという認識と、細胞・遺伝子機構の理解なしには選択的治療へ進めなかったという流れを指摘している。

その意味で本書は、「医学はどれほど強力な治療を行えるか」という物語より、「何を攻撃すべきかをどれほど正確に知れるか」という物語である。より多く切除すること、より強い放射線を当てること、より大量の薬剤を投与することが、そのまま進歩ではない。癌と正常細胞の差異を理解することによって初めて、治療の強度ではなく選択性を高められるという方向へ歴史が転換していく。

根拠は「成功例」よりも、失敗の積み重ねにある

この主張を支える本書の強さは、成功した発見だけを並べない点にある。

たとえば乳癌手術では、ウィリアム・ハルステッドの根治的乳房切除術が重要な事例となる。局所から周囲へ癌が広がるという理解に基づけば、より広範囲に切除することには一貫した論理があった。しかし後に、手術範囲を拡大しても生存成績が改善しない場合があることが明らかになっていく。シェイピンが整理するように、問題は外科医の残酷さだけではなく、癌転移についてのモデルそのものにあった。

化学療法でも事情は似ている。正常組織への大きな損傷を覚悟して癌細胞を殺す治療は、ある種の癌、とりわけ血液癌では画期的な成果を生んだ一方、強い毒性を伴った。ここでムカジーは、過去の医師を現在の知識だけで裁くことをできるだけ避ける。彼らは「愚かな治療」をしていたのではなく、当時利用可能だった知識から合理的な賭けをしていた。

この姿勢は科学史として重要である。成功した理論だけを後から選べば、医学は順調に真理へ近づいてきたように見える。しかし実際には、治療が理論に先行し、その治療結果が理論を修正し、修正された理論が次の治療を生む。本書は、臨床と基礎科学の往復運動として癌研究を描いている。

「癌との戦争」という物語を内部から崩す

本書のもう一つの価値は、医学史を政治史から切り離さないことにある。

シドニー・ファーバーとメアリー・ラスカーらによる運動、そして1971年の米国のNational Cancer Actへと至る過程では、癌が国家的に「征服すべき敵」として表象された。研究資金を動員するうえで戦争の比喩は強力だったが、そこには癌を単一の敵だと想像してしまう危険もあった。実際には癌は多数の異なる疾患と分子異常の集合であり、一つの決定的兵器によって全面降伏させられる種類の敵ではなかった。

ここで本書は科学楽観主義にも科学悲観主義にも単純には寄らない。癌研究には明白な進歩がある。しかし「あと少しで癌は征服される」という表現は繰り返し裏切られてきた。

したがって、本書を「医学の勝利の歴史」と読むと重要な部分を取り逃がす。むしろこれは、**勝利という言葉そのものを疑う歴史**である。ある癌では治癒率を高め、別の癌では生存期間を延ばし、さらに別の癌では慢性疾患として長期間管理する。それらをすべて一つの「癌征服」という尺度で測ることのほうが無理なのである。

本書の強さは、そのまま限界でもある

ただし、「癌の伝記」という形式には明確な前提がある。

第一に、物語の重心は近代、とりわけ米国の臨床医学と生物医学研究に置かれている。世界規模の癌史、医療制度史、患者運動史、産業史を均等に扱った本ではない。

第二に、癌の「原因」を考える際、本書は次第に遺伝子変異や細胞内機構へ接近していく。この方向は分子標的治療の歴史を説明するには非常に強力だが、癌を生み出す環境や社会構造に同じだけの重量を与えてはいない。

これは刊行当初から指摘された論点である。シェイピンは、本書が製薬産業や癌治療の経済、予防、タバコ以外の環境発癌要因を比較的わずかしか扱っていないと批評した。また、癌の原因を遺伝子・細胞機構から見る立場と、化学物質や環境曝露を重視する立場では、「癌と闘う」という言葉の政策的意味自体が変わると論じている。

さらに、「癌」を一人の皇帝のように人格化する方法にも逆説がある。本書自身が癌の多様性を強調しているにもかかわらず、伝記という形式は一つの主体、一つの歴史を想像させやすい。多様な疾患群を統一的な主人公として描くことは、読者の理解を助けると同時に、本書が批判する「単一の敵としての癌」というイメージを別の形で再生産しかねない。

それでも分子生物学中心の物語には反論可能性がある

こうした批判から、「本書は癌を遺伝子の病気として単純化した」と結論するのも公平ではない。

ムカジーが分子生物学に大きな比重を置く理由は、思想的な好みだけではなく、癌治療史そのものにある。細胞毒性を利用して正常細胞ごと攻撃する段階から、癌細胞に特有の異常を狙う段階へ進むためには、癌細胞を特徴づける分子的差異を発見する必要があった。本書で慢性骨髄性白血病と分子標的薬イマチニブが象徴的な位置を占めるのも、その「原理が機能しうる」ことを示す事例だからである。

したがって、環境要因を十分扱っていないという批判と、分子機構を中心に据えることが間違っているという批判は区別すべきだろう。前者にはかなり説得力があるが、後者は本書の目的を狭く捉えすぎる。

より妥当な評価は、本書が癌についての完全な社会史ではなく、**臨床医学と生物学がどのように互いを変えてきたかを描く歴史として卓越している**、というものだろう。一般読者に高度な癌生物学を理解させる点は高く評価された一方、生物学の背景知識が少ない読者には科学的説明が難しいという評もある。

出版後、本書は「癌の本」以上の位置を得た

2010年に刊行された本書は、2011年にピュリツァー賞一般ノンフィクション部門を受賞した。 その評価は、癌についての啓蒙書としてだけでなく、科学史、医療史、患者の物語を一つの長編ノンフィクションへ統合した点にある。

さらに見るべきなのは、その後のムカジーの著作との連続性である。『The Gene』では遺伝子、『The Song of the Cell』では細胞へと対象が広がった。『The Emperor of All Maladies』で既に現れていた、「生物学的対象の歴史を書くことで、人間が自分自身をどう理解してきたかを問う」という方法が、その後の仕事にも引き継がれている。

他方、癌を文化的メタファーとして考えるならスーザン・ソンタグの議論、環境発癌や政治との関係を重く見るならロバート・プロクターらの著作を併読することで、本書が照らした領域と照らさなかった領域が見えやすくなる。実際、シェイピンの批評も、環境要因を重視する癌史との対照によって本書の射程を浮かび上がらせている。

本書の価値は、それ一冊で癌を理解できることではない。逆である。読み終えたあと、「癌について語る」ときに、生物学、臨床、政治、経済、環境、患者経験のどこを見ているのかを区別できるようになることにある。

再読するとき、「進歩」の定義を問い直したい

初読では、癌研究の劇的な歴史と患者たちの物語に引かれやすい。再読では、それとは別の問いを置くと本書の輪郭が変わって見える。

癌との戦いにおいて、何をもって「進歩」と呼ぶのか。

腫瘍を小さくすることなのか。死亡率を下げることなのか。数か月でも生命を延ばすことなのか。副作用を減らすことなのか。癌を治癒不能の病から長く共存できる病へ変えることなのか。あるいは癌そのものを発生させないことなのか。

この問いを置くと、本書の分子標的治療へ向かう結末も、単純な勝利宣言ではなくなる。癌の多様性と進化能力を理解すればするほど、一つの最終的治療法という夢は遠ざかるかもしれない。その一方で、個々の癌をより正確に理解し、より長く、より苦痛少なく生きられるようにする余地は広がる。

『The Emperor of All Maladies』が今も読む価値を持つのは、癌の答えを与えたからではない。**医学における「勝利」とは何なのかという問いを、治療を受ける人間の時間まで含めて考えさせるからである。**

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