「豊かな国」と「貧しい国」の差はどこから生まれるのか
世界の所得水準には大きな差がある。なぜ一部の地域では長期的な経済成長が続き、別の地域では停滞が長期化したのか。この問いに対して有力な説明を提示してきたのが、「制度」を重視する立場と「地理」を重視する立場である。
制度論が注目するのは、財産権、法の支配、政治参加、国家能力、教育制度、市場への参入機会などだ。これに対して地理論は、気候、感染症、生態環境、農業条件、天然資源、海や河川へのアクセスといった条件から発展の違いを説明しようとする。
両者はしばしば「制度か地理か」という対立として語られる。しかし、実際の研究上の争点はもっと複雑である。地理が制度形成に影響し、その制度がさらに経済活動を左右することもありうるからだ。重要なのは、一方を原因、他方を無関係な背景と決めつけることではなく、それぞれがどの範囲まで説明できるのかを検討することである。
制度を重視する立場
制度論を代表する議論として知られるのが、ダロン・アセモグルとジェイムズ・A・ロビンソンの『国家はなぜ衰退するのか』である。彼らは、広い層が経済活動や政治参加の機会を持つ「包摂的制度」と、少数の支配者が富や権力を吸い上げる「収奪的制度」を区別する。
この議論の中心には、人々が努力や投資の成果を自分で享受できるかどうかが経済発展を左右する、という考えがある。財産を恣意的に没収される可能性が高ければ、長期投資の誘因は弱くなる。政治的特権によって新規参入が妨げられれば、技術革新も起こりにくい。反対に、比較的安定した権利と競争の仕組みがあれば、投資、教育、起業が促される可能性が高まる。
制度の重要性を強調する研究はアセモグルとロビンソンに始まるものではない。ダグラス・ノースも、制度を人間社会における「ゲームのルール」として捉え、取引費用やインセンティブを通じて経済成果に影響すると論じた。制度論の強みは、単に「暑い国は貧しい」といった相関を示すのではなく、人々の行動を変える具体的な仕組みに注目できる点にある。
### 植民地経験は制度論を支持するのか
制度論をめぐる重要な研究の一つが、ヨーロッパ諸国による植民地化を利用した比較である。アセモグル、サイモン・ジョンソン、ロビンソンは、植民者にとって死亡リスクの高かった地域では、少数者が資源を収奪するための制度が形成されやすく、その影響が長期的に残ったという仮説を提示した。
また、植民地化以前に比較的豊かだった地域の一部が後に相対的に貧しくなったという「繁栄の逆転」も、単純な地理決定論に対する反証として用いられてきた。同じ土地の気候や位置が短期間に大きく変化したわけではないのに経済的順位が変化したなら、制度など別の要因を考える必要があるというわけだ。
ただし、こうした実証研究には議論が続いている。植民者死亡率の歴史データをどこまで正確に測定できるのか、それを制度だけの影響を抽出する変数として利用できるのかといった方法上の問題が指摘されている。したがって、これらの研究を「制度がすべてを証明した」と読むのは適切ではない。
地理を重視する立場
地理論もまた、単純に「気候が運命を決める」と主張するものではない。代表的な論者の一人であるジェフリー・サックスは、熱帯地域における感染症負担、農業生産性、輸送条件などが経済成長を制約しうると論じてきた。
たとえばマラリアのような感染症が広く存在する地域では、健康被害だけでなく、労働生産性、教育、人口動態、投資判断にも影響が及びうる。内陸国では港湾への輸送費が高くなりやすく、国際貿易への参加条件も沿岸地域とは異なる。農業についても、土壌、降雨、作物に適した気候条件は地域ごとに違う。
これらは制度とは別に存在する物理的な制約である。優れた法制度を整備したからといって、海から遠いという事実や感染症の生態条件そのものが消えるわけではない。
ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』も、長期的な歴史を地理・生態条件から説明した著作として、この論争と関連づけられることが多い。ダイアモンドが主に説明しようとしたのは現代国家間の所得格差そのものではなく、なぜユーラシアの一部で食料生産、人口集積、技術、国家形成が先行したのかという非常に長期的な歴史過程である。栽培化・家畜化可能な生物の分布や、大陸の形状による技術・作物の伝播のしやすさなどが重視される。
そのため、『銃・病原菌・鉄』と『国家はなぜ衰退するのか』は完全に同じ問いに異なる答えを出しているわけではない。説明しようとしている時間尺度自体が異なる部分がある。
制度論への批判
制度論の最大の問題は、「良い制度が豊かさを生む」という説明が循環論法になりやすいことである。
豊かな国を観察して、その国に存在する制度を「包摂的」と呼び、貧しい国の制度を「収奪的」と呼ぶだけなら、制度論は結果を言い換えているにすぎない。制度が原因だと示すためには、経済発展とは独立に制度の違いが生じ、それが後の経済成果に影響したことを示さなければならない。
さらに、どの制度が成長に適しているかは時代によって異なる可能性がある。急速な工業化の局面では強い国家介入が機能する場合もあれば、成熟した経済では参入障壁や政治的裁量が成長を妨げる場合もある。「民主主義、市場、財産権」という制度パッケージをそのまま普遍的な発展条件とみなすことには慎重さが必要である。
制度自体が経済発展の結果として変化するという逆方向の因果もある。豊かになった社会ほど教育が普及し、行政能力が高まり、政治参加が拡大するのであれば、「良い制度だから豊かになった」のか「豊かになったから制度が改善した」のかを分離するのは容易ではない。
地理論への批判
地理論に対する典型的な批判は、同じような地理条件を持つ地域でも経済成果が大きく異なる場合を十分説明できないことである。
国境を挟んだ地域、あるいは歴史的に異なる制度の下に置かれた近接地域を比較すれば、気候や地形だけでは説明しにくい格差が生じることがある。こうした事例は制度論にとって有力な材料となる。
さらに、地理的制約は技術によって変化する。感染症は医療や公衆衛生によって抑えられ、輸送上の不利は鉄道、道路、港湾整備によって軽減できる。地理条件が同じでも、その条件が経済に与える影響は制度、技術、国家能力によって変わる。
したがって、「熱帯だから貧しい」「内陸だから発展できない」という強い地理決定論は支持しにくい。一方で、地理が経済活動の費用構造に影響するという、より限定された主張まで否定する必要はない。
「制度か地理か」という二者択一の限界
両者を統合すると、地理が制度を形成し、制度が地理的条件への対応能力を左右するという関係が見えてくる。
たとえば感染症の多い環境は、植民地支配の形態や人口移動に影響し、それが土地制度や政治制度を形成した可能性がある。その後に成立した国家の行政能力が弱ければ、感染症対策やインフラ投資も進みにくい。すると地理的な不利が制度を経由して増幅される。
逆に、強い行政能力、教育、医療、交通インフラを備えた社会は、地理的不利の一部を克服できる。ここでは地理と制度は競合する説明ではなく、因果関係の異なる段階を説明している。
さらに、文化、国際貿易、戦争、植民地支配、人口構成、技術移転、天然資源なども長期発展に関係する。現実の経済史を一つの変数に還元すること自体に限界がある。
結局、どちらの説明が強いのか
現時点で最も慎重な結論は、「制度か地理か」を一方だけに決着させることは難しい、というものである。
制度が投資、技術革新、教育、企業活動のインセンティブを左右するというメカニズムには十分な説得力がある。同時に、感染症、農業条件、交通条件などの地理的要因が経済発展に与える影響も無視できない。
争点は、制度と地理のどちらが「存在するか」ではなく、どの時代、どの地域、どの発展段階で、どちらの経路がどれほど重要だったのかにある。
『国家はなぜ衰退するのか』が示した重要な視点は、人間が作った制度を発展の中心に戻したことである。一方、『銃・病原菌・鉄』や地理経済学的な議論が示すのは、社会が選択を行う舞台そのものが均質ではないという事実である。
制度は歴史を変えうる。しかし制度は真空の中で作られるわけではない。地理は制約を与える。しかし制約がそのまま運命になるわけでもない。この二つをどのような因果の連鎖として結びつけるかが、現在も残る中心的な問題である。